◎さらば破壊王(2005/7/19)

 が、最近衝撃を受けた死。それは、破壊王のニックネームで知られたプロレスラー・橋本真也の死であった。

 死因の脳幹出血は、プロレスという肉体を酷使する職業特有のものではないらしい。私は長年のひきこもり生活の弊害か、身体中に不調か所が増えて健康に不安を感じている。そんな私なので、脳幹出血という死因は、橋本の死を身近に感じさせた。それと、40歳という年齢。私とそんなに世代も違わないとい点でも、他人事には思えなかった。

 私はプロレスファンのはしくれなのだが、橋本の大ファンというわけではない。好きか嫌いかといえば、好きな部類にはいるが、思い入れのあるレスラーではなかった。そんなにわかファンみたいな私であるが、彼の死を期に、彼のファイトについて書いてみたい思う。

 執筆に当たり、橋本の試合を観直しておこうと、近所のレンタルビデオ屋の、スポーツコーナーへ行く。すると橋本の試合を収録したDVDは、何本か貸し出し中だった。急死を受けて、彼の試合を観たくなったプロレスファンが多いのだろう。一本だけ、残っていたDVDがあった。『三冠王者列伝VOL.4 破壊王、王道マット席巻編』。全日本プロレスで、三冠統一ヘビー級王者になった時(2003年)の橋本の試合が収録されている。早速借りてくる。

 試合は4試合収録されており、そのうち3試合が橋本の試合。グレート・ムタ(武藤敬司のもう一つの姿。ヒール。)を破って王者になった試合。初防衛戦 ・嵐(あらし)戦。二度目の防衛戦・小島聡戦。

 橋本の特長は、なんといっても“動けるデブ”ということだろうと思う。130キロのアンコ型の体型ながら、動きにキレがあり機敏ということ。ここぞという時の大技ラッシュができる身軽さが、強みだろう。新日本時代、実況アナウンサーが“F1ブルドーザー”と称していたが、速くてパワーがあるレスラーだ。加えて、スタミナがある。それが分かるのが、二度目の防衛戦の嵐戦だった。嵐は、元大相撲の十両で、140キロの巨漢のレスラーだ。この試合は、巨漢(デブ)同士の肉弾戦が、試合のセールスポイントだった。

 嵐は、おデブな見た目通りパワーファイターなのだが、スピードがあまりない。攻め時という時に、技を2つ3つたたみかけるというスタミナもなかった。ドカンと一発大技をだすのだが、その後が出ない。対して橋本は、ここぞという時の技の仕掛け、ラッシュが速い。ここら辺が、並の巨漢レスラー・嵐との違いだろう。

 橋本というと、左足からの重量感のあるミドルキックというイメージがあるだろう。体重の乗ったミドルが、相手の胸にバシン!と放たれるシーンを思い出すファンも多いだろう。

 だが、私が注目したいのは、袈裟斬りチョップ。右腕を振り上げ、鉈(ナタ)を振り下ろすように、手の側頭部を相手の首筋に打ち付ける。いつの頃からか、この袈裟斬りチョップを使うようになってから、私には彼の試合が面白くなった気がした。それまで蹴り一辺倒だったのが、チョップ(腕)を使うことで、相手の上体への攻撃の幅が出てきたからだと思う。チョップ合戦にも対応できるし、試合の流れを変える時にも有効に使えた。チョップは、キックより体勢を崩さず素早く放てるので、応用が利きやすい感じだ。

 借りてきたDVDに収録されている試合では、対小島戦で、迫力の袈裟斬りチョップを観ることができる。チョップの応酬となり、橋本の袈裟斬りが打ち勝つシーンがある。彼は手を押しつけるように打つので、肉を打つバチッという鈍い音がして、迫力を増している。また右手にはバンテージをグルグルに厚く巻いているので、手はカチカチに固い状態だと思うので、よけい威力を増しているだろう。以前大相撲で、突っ張りを得意にしていた寺尾関が、手にバンテージを厚く巻いているのを協会から注意され、止めたことがあった。あまりにも厚くバンテージを巻いた手で突っ張られると、コンクリートで打ち付けられるように痛いそうで、相手に怪我をさせかねないと判断されたようだ。橋本の袈裟斬りは、そんな様な衝撃があったのではないか。

 

 彼の決め技は、垂直落下式DDTと三角締め。特に前者は、試合を終わらせるに足る説得力のある技だった。

 橋本は垂直落下式DDTと呼称してしたが、ほぼ垂直落下式ブレーンバスターだと思って良い。といっても、プロレスファン以外にはなんのこっちゃ?であるが。

 ブレーンバスターというのは、まず立った状態で相手の頭をうつむかせて、左腕で頭を巻くように抱える。次に自分の頭を相手の左脇の下に潜り込ませ、相手の腰のタイツの部分を掴む。その体勢から相手をグッと上に抱え上げ(まぁ、相手もジャンプして抱え上げられるようにするんだけれど)、倒れ込むようにして相手をマットに落とす技。相手は背中を打ちつけられる。垂直落下式というのは、抱え上げるまでは同じだが、そこからほぼ垂直に相手を頭から落とすイメージで、相手を肩口からマットに叩きつける技なのだ。

 橋本のそれは、彼が巨漢なせいもあって、ドカーンと爆弾が投下されたように落とすので、見た目に説得力十分だった。あぁこれで試合が終わりだなという感じ。またこの技を連発しないので、ここぞという時に放つので、それだけ決め技感が増していて良かったと思う。

 また時々使う決め技として、三角締めがある。元々は柔道技で、柔道出身の彼らしい技である。三角締めは、相手を寝かせて背後にまわり、相手の片腕を取りながら、片腕と首を股に挟みつけて、両足で締め上げる技である。

 普通プロレスでは、絞め技や関節技はレストホールドといって、自分の呼吸を整えたりするために使う“休憩技”になることが多い。橋本の場合は三角締めを、時にレストホールド気味に使うこともあるが、決め技にも使っているので、柔道出身のこだわりが三角締めを決め技として選択させたのかもしれない。

 この技が便利なところは、自分が腕を怪我している時や、相手が自分よりも巨漢のレスラーの時だと想像する。要するに腕が使えない状態の時や、相手が重すぎて垂直落下式ブレーンバスターに持って行きづらい場合、足を使う三角締めが決め技にあるということは便利だと思うのである。後年、右肩を痛めていた彼は、この技に随分助けられたのではないか。彼の技の選択は、良かったと思う。

 DVDでは、自分より大きな嵐を仕留める時に、この三角締めを使った。

 DVDで彼の試合を見返すと、改めて身体を張った真っ向勝負の試合スタイルという印象を強くした。相手の技を真っ向に受けきって、気迫をためて怒濤の反撃。若手の頃ミスタープロレス・天龍源一郎と数多く当たったが、天龍もこのスタイルだ。天龍との試合を通じて、受けきって反撃という勝負スタイルを体得していったのかもしれない。

 自身で興した団体の経営不振で、数億とも言われる借金をした。右肩を痛めて大手術。離婚。経済的にも、肉体的にも、私生活でも不幸という技は真っ向受けた。その後手術は成功し、リング復帰、借金返済という人生というリングで反撃に転じようとした矢先の、あっけない死。彼も無念だろう。

 彼は不幸にも死んでしまったが、人生からは逃げなかったのではないか。借金数億円、大 ケガ、離婚となれば、失踪したり自殺に追い込まれてもおかしくない。それらを跳ね返そうとしていたのだから、最期まで真っ向勝負の生き方だったと思う。逃げてばかりのひ弱な私などは、逆立ちしてもとうてい叶わない。

 彼は死してなお、人生に負けたと思ってないだろう。入場テーマ曲『爆勝宣言』は、天国でも鳴り続けることだろう。天国での相手は誰になるであろうか。合掌。